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北京市内の様子
公益財団法人 新潟市産業振興財団北京代表処 新潟市北京事務所
 
 
No.64 中国レポート
2018-02-05

 最近北京の空気が良くなり、青空が目立つようになった。大国を意識しだした習近平主席が、何とか首都の状況(環境、美観、渋滞)を良くしろと号令をかけた、その結果なのだろうが、張り切ってこれらの課題に取り組んだ蔡奇北京市長がとんだ勇み足をしてしまった。蔡奇は習近平が大抜擢した幹部で、習近平の福建省、浙江省時代の部下であった。昨年1月に北京市長(北京のナンバー2)となり、5月にはナンバー1の党委員会書記(市長兼任)に就任した。北京のナンバー1は党中央政治局委員が就くのが通例だ。案の定10月の19回党大会では党中央候補委員、党中央委員を飛び越え、3階級特進で党政治局委員となった。
 さて、その蔡奇市長だが、昨年秋、突然「石炭燃料全面禁止」の通達を出した。それも即時禁止だ。確かに石炭燃料が大気汚染の大きな要因の1つだが、現実に石炭は広範囲で使われている。特に厳寒の冬に入る時期である。北京近郊の個人住宅、小、中学校などではまだ一部で石炭暖房が使われている。北京の冬は、寒い時には零下10度くらいになる。石炭で暖を取っている人たちは、凍死の危険さえ出てきたのである。ある小学校では、晴れた日はまだ外の方がましだと、授業を零下の室外で行うようになった。さすがにこのやり方に多くの市民は反発し、抗議した。
 蔡奇市長の勇み足の2つ目は、「規格に合わない標識、広告、看板」の一斉撤去だ。目的は「北京の美観維持」。これも通告なしに、一斉に行われた。中国の経済は市場経済で、街中には広告が氾濫している。その中には、確かに美観を損なうような派手な、巨大なものもある。突然看板を外された商店も困るが、深刻なのは広告代理店と広告主。これらは両者が契約を結び設置されているのだ。それを契約など無視して、「規格に合わない」という理由で、強制撤去されたのである。「規格」の基準も明確ではない。
 さらに深刻なのは、3つ目の勇み足だ。北京に住み着いた、300万とも、350万とも言われる、「不法滞在者」の一斉追い出しが突然始まった。「不法滞在者」のほとんどが「農民工」だ。この人たちは、高度成長期に農村から都市に流れ込んできた出稼ぎ農民で、「3K職場」で働き、高度成長を底辺で支えてきた。長期滞在者は子供を連れてきて、一家で安アパート暮らしをしている。安アパートにも住めない貧困者は、掘っ立て小屋に住んだり、ビルの地下や地下道に作られた簡易宿舎を根城にしている者も多い。北京ではこれらの人たちを「ネズミ族」と呼んでいる。これらはほとんどが違法建物・宿舎で、衛生面は劣悪、崩壊や火災・一酸化中毒のリスクも高いが、これまで黙認されてきた。昨年11月、このような安アパートが建ち並ぶ北京市大興地区で火災が発生、19人が死亡(うち8人が子供)、8人が負傷をした。地下にある違法宿舎の多くは、通風設備も窓もなく、そこで火を使うので、頻繁に事故が起きていたらしい。蔡奇市長や市の幹部は現場に駆け付け、事態の深刻さを認識、全市範囲での違法建物、宿舎の総点検と取り壊し、責任者の処罰を命令した。これにより、10数万に上る「不法滞在者」が放り出され、路頭に迷ったのだ。今後追放される「不法滞在者」は増えるだろう。北京の友人は次のように話していた。違法建築物、宿舎を取り締まるのは当然である。しかし、やり方があまりにも乱暴で、実際そこに住んでいる人たちの救済を考慮しないやり方は、多くの人の憤激を買っている。それに、高度成長期には、違法建築物を黙認し、農民工を低賃金で使い、状況が変わったからと彼らを何の保証もなく放り出す、このようなやり方はあまりにもひどい。中には、火災を利用した農民工追い出しだと言う人までいる。
 これらの「勇み足」で蔡奇市長の評判は一気に落ちた。さすがにまずいと思ったか、市長は石炭暖房から天然ガス暖房に転換するまで、個人や学校などでは石炭の使用を許可した。北京の天然ガスは一気に値上がりしたそうだ。また、市長は急いで放り出された農民工の救済措置を関係部門に指示したという。
 1つの国が貧困から抜け出し、発展する過程では、当然「光と陰」の部分が生じるが、光だけを見て陰を見ないのも、陰だけを見て光を見ないのも、その国を客観的に、正しく見ることができない。この問題を冷静に見る人は、陰の部分が浮き彫りになって良かったと思っている。環境問題にしろ、街の美観にしろ、あるいは違法建築、農民工問題にしろ、発展の陰で生まれた多くの矛盾をいかに解決するか、指導者も国民も真剣に考えるキッカケにはなったと考えている。
 習近平体制は昨年10月の19回党大会を通じて一段と強固になった。2012年の18回党大会で、習近平が胡錦涛に代わり、党総書記に就任したわけだが、当時は「習近平・李克強体制」と言われた。「党務は習近平、政務は李克強」で、軍は習近平、経済は李克強という分担ができていた。対外関係については、両者が共同で担当というのが大方の見方だった。ところが現在は誰も「習近平・李克強体制」とは思っていない。まさに習近平「一強」体制である。
 「一強」体制を支えるのは、習近平が抜擢したたたき上げの人材である。その多くはかつての習近平の部下、同僚である。これまでの体制は、幾つかの勢力の綱引きと妥協により構築されていた。大きく分けると「上海閥」(江沢民派)、「太子党(紅二代)」(かつての指導者の子弟)、「団派」(青年団出身の幹部)だが、これら勢力の均衡の上に最高指導部が存在していた。ところが、習近平はほとんどこれらの勢力を無視し、実力主義での人事、最も信頼のできるかつての部下を抜擢する人事を強行した。特に自分が「紅二代」(習近平の父親は、周恩来の下で副首相を務めた習仲勲)であるにも関わらず、党人事でも「太子党」を極端に冷遇した。これがまた国民の喝采を浴びているのだ。
 インテリの一部には「一強」体制を危惧する者もいる。しかし、多くは「強い習近平」を支持している。それは、現在のように、世界の枠組みが大きく変わろうとしている時、中国が台頭し、絶対的だった米国の力が相対的に弱まっている時、このような時代の転換期を乗り切るには強力な指導者が必要だと、多くの人は思っているからである。さらに、これまでの「成長の中国モデル」が通用しなくなり、経済構造を転換し、「外需型成長」から「内需型成長」に転換させるためには豪腕が必要だと多くの人は思っている。また習近平人気の源泉の1つは「反腐敗」である。反腐敗はこれまで「聖域」だった軍にも踏み込んでいるが、習近平の決意の強さだと、習近平人気をさらに持ち上げている。
 反腐敗を、陣頭で実際に行ってきたのは王岐山である。王が習近平人気を支えていたと言っても過言ではない。その王岐山は、反腐敗継続を宣言した習近平にとって余人を以って代えがたい人材である。昨年の党大会では、トップ7(党中央政治局常務委員)のうち、王岐山を含む5人が定年で引退したが、王岐山だけ特例で残すのではないかとの見方があった。さすがの習近平もそこまではできなかったが、どうも違う形で王岐山を引き続き起用するようだ。3月には全人代が開かれ、国家と政府の人事が大幅に変わる。王岐山は党の最高指導部からは退いたが、国家か政府の要職に就く案が浮上しているようだ。
 さて、中国経済はどうだろうか。2017年の成長率は6.9%で、7年ぶりに増加に転じた。生産が堅調で、消費が好調だったことが成長を押し上げた。民間投資も対前年比約2倍に増加した。国民所得、小売総額がともに増え、雇用と物価も安定したことが経済の安定成長を生んだと言える。ここ数年減少続きだった外貨準備も再上昇に転じた。もちろん経済構造の転換は道半ばで、課題は依然として山積している。国営企業の改革、ゾンビ企業処理、金融改革、地方政府の債務問題などの処理についてはスピードが足りないと言われている。また、国民生活に直接関わる問題―医療改革、少子高齢化対策、教育改革などもあまり滞ると、国民の不満が蓄積される。国際的には対米関係(外交、経済)でリスクを抱え、対日関係は改善基調とは言え、重大案件は何も解決していない。さらに中国にとって頭の痛い問題は北朝鮮である。これらが中国経済の持続的発展、「一帯一路」推進のブレーキになる可能性がある。
 3月の全人代ではどのような人事が行われ、どのような経済政策が打ち出されるか興味深い。(止)


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